昆虫の新分布について報告をするとき,必須なのが文献調査.
その地域で報告したい虫が記録されているかどうか,過去の文献を調べてその有無を確認する必要があります.タイトルに対象の虫の名前が書かれているときはすぐにその判断ができることが多いですが,「〇〇(地域)の△△類(グループ名)」と書かれていると,一体何が記録されているのか実際に読んで確認する必要があり,ちょっと手間です.その雑誌がオープンアクセスや通信販売されているならまだしも,クローズドでなおかつ各都道府県の図書館や国会図書館に所蔵されていないと著者やかつての編集に問い合わせなければならず,これまでに蓄積された膨大な文献から,目当ての虫の記録を探すのは簡単なことではありません.特に昔からよく記録された種の記録を網羅しようとしたり,人気な採集地の虫の記録を網羅しようとすると,中には難入手文献もあり記録の確認だけで一年以上かかるということも稀ではありません.

ここでは,かなり限定的ではありますが九州のハチについて新たに分布報告をしたいときに見るべき雑誌や記事についていくつかピックアップしました.

Q. なぜ九州か?
A. もともと記録が少なく,2016年の有剣図鑑に分布として九州が書かれていない種も多いため,遠征や旅行ついでの採集で得たものが貴重な記録である(九州未記録,各県未記録,記録の少ない種)ことが少なくない.その一方で報告すべきものが採れてもor報告したいと思う人が現れたときにも,九州は虫屋の人口が関東や関西と比べて少なく,記録の有無について気軽に訊ける人が身近に少ないため報告に踏み切りにくい.また九州各県の虫について,散発的な記録は多いものの,県内の目録が作成されている県が非常に少ないため記録の確認が難しい.
以上のような理由です.

Q. なぜハチか?
A. 私がハチ屋だからです.

全国のハチ好きというだけで私の知り合いの知り合いでほぼ全員把握できてしまうのでどれだけ意味があるのか不明ですが,これから調べたい,どんな報告があるか読んでみたいという層がいないとも限らないので無意味とまではいかないでしょう.


九州のハチの記録がよく掲載されている雑誌
Pulex
九州沖縄昆虫研究会が発行している雑誌です.近年分はオンラインオンリーのオープンアクセスとなっており,特に九州大学に所属した学生による有剣類の報告が多いです.古いものはネットでは見られませんが,寄生蜂についてよく報告されています.

つねきばち
日本蜂類研究会発行の雑誌で数少ないハチ専門の国内誌です.全国のハチの記録が載っていますが,全国誌ということもあり九州のハチの記録も多いです.発刊が17年前と最近で,入手難易度も低いです.

KORASANA
久留米昆虫研究会発行の雑誌です.50年以上の長い歴史をもつ雑誌ですが,つい最近までハチの記録など皆無でした.本当にごく最近になってハチの報告が増加しています.今後もしばらくは注目しておくべき雑誌でしょう.もう一度言いますが古い号には欠片も載っていませんのでそこはご注意.通販で手に入ります.

Esakia
九州大学の昆虫学教室が発行していた雑誌(休刊中)です.九州専門でもハチ専門でもありませんが,ハチの研究者を多く輩出した大学であり,また拠点が九州にあるということで掲載されている論文の一部には九州のハチが材料として利用されています.全巻がオープンアクセスです.

むし (Mushi)
発行元については少々面倒なところがあるので割愛しますが,九州大学がおおいに関わった国産の英文誌(初期には和文もある)です.特に故・安松京三博士による研究の材料として,また同氏による英彦山昆虫雑記のシリーズでは分類群を問わず様々な虫が報告されていますがハチが最も多いです.記録の重要性に対して入手が難しい側面があります.

蜂友通信
日本蜂類研究会が発行していた雑誌です.主に偉大な有剣類の研究者である故・常木勝次博士とその弟子たちによって分布報告,同定の手引き,採集記など多岐に渡る報告が書かれており,普段ハチのハの字もないようなそのへんの同好会誌を読み慣れていると,ページをめくってもめくっても飛び込んでくるハチに関する情報の濁流に興奮して夜も眠れなくなります.
多くが福井県に拠点をもつ人々によって書かれたものなので九州の報告は多くはありませんが,実力のある蜂屋たちによって採集され,信頼できる同定に基づいて記録されており重要な文献を多く含みます.
正直これを持ってないと有剣の愛好なんて始められないぐらい重要な雑誌なんですが,なかなか手に入りません.国会図書館や各大学には所蔵されているようですが.私が存在を知ったのは学部卒業直前でした.

Satsuma
鹿児島県昆虫同好会が発行している雑誌です.記事の数が非常に多く,毎号様々な分類群の昆虫について報告がなされています.教育に力を入れている鹿児島県立博物館の影響もあり,若き同好者による報告も多く活気があります.ハチについては一,二号に一報ある程度ですが,ナンバーは150号を超えるため総計すると相当数の報告がされています.通販で入手可能です.

Nature of Kagoshima
自然愛護の後身となる雑誌でオープンアクセスです.しっかりとした原稿のチェックがあるため掲載されている論文の質が高いです.特にアリに関する報告が毎号のように掲載されており,他に有剣類の報告もあります.

他にも九州内の同好会誌にはたま~にハチの報告が載っています.熊本昆虫同好会報には専門家の同定に基づいた信頼できる記録数号に渡って掲載されており,要チェックです.しかし,所蔵されている機関はそれほど多くない上に一報告あたりのページ数がかさむので複写依頼すると結構な額がかかってしまい,ツテを利用して手に入れるのが最も安価な方法です.


重要と思われる九州のハチ類に関する記事・書籍

平嶋義宏・中條道崇・竹野功一 (編)(1986)彦山生物学実験所要覧 第5 版. 74 pp. 九州大学農学部附属彦山生物学実験所,福岡.
幾留秀一(1996)宮崎県のカリバチとアリ.新筑紫の昆虫,(5): 37-41.
幾留秀一(2005)屋久島人里地域における野生ハナバチ相の生態的研究.鹿児島女子短期大学紀要,(40): 1-20.
米田洋斗(2016)九州産カギバラバチ科3種の記録.Pulex, (95): 697-698.
村尾竜起(2014)英彦山のアリバチ科.Pulex,(93): 643-645.
村尾竜起(2015)英彦山のスズメバチ科.Pulex,(94): 665-668.
長瀬博彦(1981)鹿児島県の蜂.Satsuma, 30(86): 253-287.
長瀬博彦(1982)南九州の蜂―4―.蜂友通信,(14): 57-78.
長瀬博彦(2012)南九州のハバチ・キバチの記録.Satsuma, (147): 71–74.
南部敏明(2000)8月下旬の屋久島のハチ.埼玉動物研通信,(35): 4-7.
大塚勲(1984)熊本県の膜翅目に関する資料 (I).熊本昆虫同好会報,29(3): 9-17.
大塚勲(1984)熊本県の膜翅目に関する資料 (II).熊本昆虫同好会報,30(1): 6-17.
大塚勲(1986)熊本県の膜翅目に関する資料 (III).熊本昆虫同好会報,32(2): 23-34.
大塚勲(1992)熊本県の膜翅目に関する資料 (V).熊本昆虫同好会報,37(3): 13-22.
田畑郁夫(2018)八女市矢部村御側上流〜釈迦林道のハバチ類と関連情報.KORASANA, (89): 177-206.
田埜正(1964)屋久島の膜翅類.生物研究,8(3): 37-39.
田埜正(1966)対馬の蜂.福井県立丸岡高校研究紀要,
田埜正(1977)熊本県五家荘の蜂.蜂友通信,(6): 2-3.
田埜正・黒川秀吉・野坂千津子(1982)九州の蜂.蜂友通信,(14): 29-33.
Togashi, I. (1972) Sawflies of Mt. Hiko, Kyushu. Mushi, 46(5): 53-64.
富樫一次(2003)対馬のハバチ類.日本生物地理学会会報,58: 77-78.
富樫一次(2007)九州地区で採集されたキバチ類とハバチ類(ハチ目).日本生物地理学会会報,62: 35-37.
常木勝次(1964)白水博士採集の九州の蜂.生物研究,8(1): 10.
常木勝次(1976)白水隆教授採集九州の蜂追録.蜂友通信,(4): 16.
上森教慈・三田敏治・菱拓雄(2020)宮崎演習林・樫葉国有林の有剣ハチ類.九大演報, 101: 38-47.
上森教慈・三田敏治・今坂正一(2018)釈迦岳のハチ類(ハバチ類・有剣ハチ類).KORASANA,(89): 174-177.
山元宣征(2011)長崎本土の有剣ハチ類.つねきばち,(19): 1-28.
山元宣征(2017)長崎県本土の有剣ハチ類.217 pp.自刊,長崎.
山根正気・幾留秀一・寺山 守(1999)南西諸島産有剣ハチ・アリ類検索図説.831 pp. 北海道大学図書刊行会,札幌.
Yasumatsu, K.(1935)Les Hyménoptères de l'ile Yakushima. Mushi, 7(2): 61-67.
安松京三(1936)屋久島の膜翅類(第ニ報).福岡博物学雑誌,2(1): 35-36.
安松京三(1937)対馬の膜翅類(第一報).福岡博物学雑誌,2(2): 59-74.

ときどき更新中。。。